2009年06月16日

作戦研究は誰のために

 「今回のタイトルは早速ウルトラセブンのパクリですか?」

 ああ、プラチク星人ね。特にそういうつもりはなかったんだけど。

 「では今日もお便りから行きます」

 はい、どうぞ。ぽたーじゅ君。

 「楽しくウォーゲームをするには必ず作戦研究をやらないといけないんでしょうか」

 そんなのは個人の自由。将棋だってヘボはヘボなりに、うまい人はうまい人なりに楽しむことができるでしょ。極端なことを言えば、盤と駒を使った回り将棋や山崩しの方が面白いと思えばそっちをやればいい。

 「なるほど。あれ?次は逆だな。作戦研究なんてやらなくてもゲームを楽しめるんじゃないですか」

 典型的なヘボの言いわけだ。きちんと作戦研究をやらない奴は、きちんとルールを覚えてプレイしない。結果的にそのゲームの本質を理解しないまま通り過ぎてしまう。自らの努力不足で、ゲームが本来見せてくれるであろう素晴らしい世界を自分は見てないんじゃないか、感じていないんじゃないか、という恐れを抱かない無神経さを恥じるべきだね。

 「さっきと答えが正反対じゃないですか!」

 分かってないね。私は矛盾したことは言ってないよ。仲間とワイワイ楽しくゲームをするのに作戦研究は必要ないけど、真にそのゲームを理解して楽しむのに作戦研究は不可欠、ということだ。

 「うーん。もう一つ分かりません」

 将棋の話に戻ろうか。将棋盤と駒を使って友達と楽しく遊ぶなら、回り将棋や山崩しでも十分遊べる。ルールを知らない人でもその場で教えてすぐにできるよね。実力が同じくらいならヘボ将棋でも十分楽しい。これが「楽しくゲームをするのに作戦研究はいらない」ということだ。でも、将棋をきちんと指して奥深い世界を知るには定跡を勉強した方がいいし、詰め将棋を解いた方がいいに決まっている。江戸時代からプロが存在する一大知的ゲームなんだ。これが「ゲームを楽しむには作戦研究が不可欠だ」ということ。

 「ははあ。分かってきました」

 またウォーゲームの話に戻ろう。自分ではきちんとプレイをしているつもりでも、ちょっと実力が上の人、作戦研究を重ねた人から見ると、本将棋でなく、回り将棋をプレイしているようなレベルにしか見えないことがあるわけだよ。でも、プレイしている本人は楽しいからそれが分かっていない。周囲の人も、楽しんでいる人に水を差す必要はないからいちいち言わない。当たり前だね。また、どんなにそのゲームに熟練した人のプレイでも、ゲームの神様から見れば回り将棋レベルかもしれない。

 ちょっと話が逸れるけど、昔、亡くなった私の父の高級将棋盤で友達と回り将棋をやって父に目茶目茶怒られたことがあったよ。「子供の遊びに使ったら駒に申し訳ない」とね。その後、普通に将棋を指してても「そんなヘボな将棋をしたら盤に失礼だ」と怒られた。父は地方都市ではそこそこ上位の腕前だったけど、しょせんアマチュアだから、プロからみればヘボ将棋だろうけど。

 「厳しい方だったんですね」

 うん。高級な囲碁盤と碁石もあって、それで五目並べをしてても怒られたからね。これも本来の使い方ではないと言われたよ。

 ただ、父の気持ちも最近は分かるようになってきてね。私の好きなPGGなんかで適当なプレイを見ると、ユニットやマップが泣いているのが見えるんだよね。少なくとも私には。父も将棋盤や碁盤が泣いているように見えたのかもしれない。

 「阪田三吉ですか!ワイの銀が泣いている。ある意味妄想ですね」

 ま、その通りだ。聞き流してくれ。

 話をちょっと戻そうか。将棋は長年先手有利とされてきたけど、日本のプロの試合ではついに2008年度は後手番が勝ち越した。これは後手の作戦研究が進んだからだ。逆に囲碁の方は、昔は4目半コミだったのが5目半になって、最近じゃあ6目半コミだよ。作戦研究が進んだ結果、どんどん先手有利になっている。面白いね。

 別の観点から言うと、ある程度事前に研究した方が、プレイがスムーズに進むんだよ。当たり前だけど。ルール確認で中断されても時間がもったいないし。忙しい社会人プレイヤー同士の対戦ならなおさらだ。自分が勝つためでなく、プレイ速度をあげるためにも作戦研究は必要だという話だね。

 「何かもっとまったりしたプレイスタイルがあってもいいと思いますけど」

 もちろん、それもありだよ。私もPGG以外はまったりプレイして、面白そうだったらさらに研究するというスタイルだしね。

 私が言いたいのは、こういうこと。世の中にはもっとお手軽に楽しめるホビーがいくらでもある。なのにあえて、こんな面倒くさいウォーゲームなんかをやっているわけだ。ルールを覚えるのも大変だし、プレイ時間、場所もきちんと確保しないといけない。だからこそ、やる以上は徹底研究しなければ意味がないと思わないかね、ということだ。本当に楽しいことは、苦しいことや面倒なことの向こう側にしか存在しない。これは、私がウォーゲームから学んだ人生の最大の教訓でもある。

 「うーん。何かウザくなってきたんで別のお便りに行きます。作戦級ゲームで戦線の上手な張り方を教えてください」

 あーあ。またそっちに行くかね。作戦研究と言うとテクニックばかり知りたがる人がいるけど、本当に重要なのは「このゲームは自分が分かっていないだけで、もっと面白くなるんじゃないか、もっとよりよくプレイをする作戦があるんじゃないか」という懐疑心を持つことなんだけどなあ。やっぱ「自分で考えろ」と言っておく。

 「読者のみなさん、すいませんねえ。偏屈な人なんで・・・」

 さて、今回も予定の5回が終了した。最後まで読んでいただき感謝している。読者諸兄にお願いするのは、これまでと同じ。このブログを読んで自分の心に浮かんだ感情、気持ちと素直に向き合ってほしいということだ。それこそが自分の最も望むもの、あこがれるもの、恐れるもの、ねたむもの、忘れていたもの、忘れたいもの、あるいはもっと別の何か、だろうから。それを直視して、一人で掘り下げる作業を続けることこそ、ウォーゲーマーとして、さらに一歩進む道だと信じている。

**********

 ところで、何で作戦級ゲーム一般で戦線を張る必要があるのか説明できるかい、ぽたーじゅ君。

 「それは・・・ユニットがやられちゃうからですよ」

 もっと具体的に。何でユニットがやられるのか。

 「包囲されてしまうからです」

 包囲されると何で駄目なんだ。

 「えーと。だいたいの作戦級ゲームは敵ZOCにしか退却できないとユニットが除去されてしまうからです」

 まだ不十分だけど、概ねそういうことだね。逆に言えば、ユニットがやられないなら戦線を張る必要はない、ということだね。意外とこれを分かってなくて、どんなゲームでも無意味に戦線を張ろうとする人がいるよね。でもって「どうやっても守れない」とか悩んだりしてね。

 「そういう悩めるゲーマーを救ってほしいんですよ!実は僕もそうなんですけど・・・」

 じゃあ、次の連載はそれをやろうか。

 「ええ!やるときはあっさりとやる気になりますね」

 まあね。いつになるかは分からないけど、次の連載では必ずやるから。

 「というわけで、次回は『作戦級・超初心者入門』です」

 予告だけですまんね・・・では恒例のエンディング演奏を。今日はアコースティックギターで。

 「ええっ?恒例になったんですか?」

 では早速リンク切れだったら失礼。

 「ああ!僕もつま恋では感動しましたよ!」

 うーむ。君もウサギのくせにいろんなとこに行っているね・・・。それでは読者諸兄、次にお会いする日までごきげんよう。

 「またねー」
posted by 鮫形鐘一郎 at 01:00| (カテゴリなし) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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