2012年12月31日

パクリ「ウォーゲーム小説」第2回

 よう。鮫形鐘一郎だ。

 「経済評論家の鮫間勝代です」

 予想外に年末忙しくなってもう大晦日だけど、年内にもう一回やるという約束を、できるだけ果たしたいと思ってね。5回連載は無理なんで、1回だけやるよ。

 「残り4回も構想はあるみたいなんで、お楽しみに」

 というわけで、前シリーズで一番反響があったパクリ小説の第2弾をやるよ。

 「本当にあんなのが好評だったの?」

 好評ではなく反響と言ったところで察してもらいたいがね。というわけで、今回のネタ本はこれだ。

 「いきなり見せちゃうの?」

 読者には見えないから大丈夫。

 「ああ、この本ね。知名度はイマイチかなあ。読書好きなら知っているとは思うけど」

 タイトルで元ネタが分かった人は、オチまで分かってしまうかも。

 「私が初めて読んだときは、何か黒●ヒ●シのマンガみたいな話だと思ったわ」

 アハハ。なかなか鋭い指摘だ。独特の文体が、同じ作者の別の小説では格調の高さにつながっているけど、この本だとユーモアに感じるからね。残念ながら黒●ヒ●シっぽい味は出しづらかった。

 「では、早速お読みください」

*****

PGG名人伝

 都に住む南新宿鮫という男が、天下第一のPGG名人になろうと志を立てた。おのれの師と頼たのむべき人物を物色するに、当今、鈴木銀一郎に及ぶ者があろうとは思われぬ。「誰の挑戦でも受ける」と公言している達人だ。南新宿鮫は鈴木をたずねてその門に入った。

 鈴木は、まずソ連軍のアントライドユニットを素早くひっくり返すことを学べと命じた。人差し指だけで一瞬にして3個ユニットのスタックを同時に表にできるようにできねばならぬと。南新宿鮫は家に帰り、ユニットを裏返す練習を始めた。1個だけを返すのはすぐに出来るようになった。2個を同時に返すのもこつさえつかめば難しくはなかった。3個を同時にひっくり返すのはやっかいだったが、鍛錬の末にできるようになった。

 2年の後には、人差し指と薬指で3個ユニットをつまみ、中指を使って真ん中のユニットだけ表にするという技もできるようになった。もちろん、隣接へクスのユニットは微動だにしない。ついに、ハエが乗ったスタックをそっとつまみ、真ん中のユニットを音もなくひっくり返してもハエが逃げないという境地に至り、彼はようやく自信を得て、師の鈴木にこれを告げた。

 それを聞いて鈴木がいう。ユニットを素早くひっくり返せるだけでは、まだ教えを授けるに足りぬ。次には、カウンティングを学べ。表になったソ連軍ユニットの戦力を覚えることで、残りのユニットの平均戦力が即座に分かるようになったならば、戻って我に告げるがよいと。

 南新宿鮫は再び家に戻り、ソ連軍ユニットの戦力を計算して暗算で平均値を求める訓練を始めた。やっかいなのは、いったん除去された戦力が途中で再び復活してしまうことだ。それでも3年が過ぎるころには、裏返しのユニットにゼロ戦力が何個残っているか、最大戦力がいくつかなどがすべて分かるようになり、透視能力を持っているかのように戦力を当てられるようになった。

 南新宿鮫は早速師の許に赴いてこれを報ずる。鈴木は初めて「出かしたぞ」とほめた。そうして、直ちにPGGの奥儀秘伝をあますところなく南新宿鮫に授け始めた。

 基礎訓練に5年もかけた甲斐があって南新宿鮫の腕前の上達は、驚くほど速い。

 奥儀伝授が始まってから10日の後、試みに南新宿鮫がゲーム会でPGGをプレイしたら、ドイツ軍は1ステップも失わないままスモレンスクを陥落させた。20日の後、ソ連軍をプレイしたときには、西側のマップ1枚にしかドイツ軍は進入できなかった。1カ月後に、ドイツ軍をプレイしたときには単に圧勝しただけでなく、盤上にユニットを並べて「PGG」の文字をつくった。傍で見ていた師の鈴木も思わず「よし!」と言った。

 もはや師から学び取るべきものがなくなった南新宿鮫は、ある日、ふと良からぬ考えを起した。「めくらPGG」を挑んだのである。彼がその時独りつくづくと考えるには、今やPGGをもって己に敵すべき者は、師の鈴木をおいて外にない。天下第一の名人となるためには、どうあっても鈴木を倒さねばならぬと。しかも、普通にやって勝つだけでは意味がない。自らはドイツ軍、鈴木はソ連軍を受け持ち、自らはついたての向こうで腕組みをして座り、ユニットの移動をすべて鈴木に伝えて戦うのだ。

 鈴木は自らのユニットの移動を口頭で南新宿鮫に伝える。ソ連軍のアントライドユニットをめくったときは、鈴木が枚数と戦力を伝える。南新宿鮫は頭の中でそれをすべて記憶するのだ。南新宿鮫の前にあるのは、サイコロ1個と振りつぼだけである。

 戦いが始まった。両人ともサイコロの目を自在に出せる域に達していたので、お互い「1」を出しまくり、ユニットが互いにどんどんステップロスしていく。気付いたら、盤上に1ユニットずつしか残らず、鈴木は最後に「eng」を出し、ついに盤上には両軍ともユニットがいなくなった。

 悲願を達成できないと悟った南新宿鮫の心に、成功したならば決して生じなかったに違いない慚愧の念が、この時湧き起こった。何と愚かな挑戦を師にしてしまったのかと。鈴木の方ではまた、危機を脱し得た安堵と己が技量についての満足とが、憎しみをすっかり忘れさせた。2人は互いに駈寄ると抱き合って、しばし美しい師弟愛の涙にかきくれた。

 涙にくれて相擁しながらも、再び弟子がかかる企みを抱くようなことがあっては甚だ危いと思った鈴木は、南新宿鮫に新たな目標を与えてその気を転ずるにしくはないと考えた。彼はこの危険な弟子に向って言った。

 「もはや、伝うべきほどのことはことごとく伝えた。お前がもしこれ以上この道の蘊奥を極めたいと望むならば、米国はアパラチア山脈の峻険な岩をよじのぼり、アバロンの丘の頂を極めよ。そこには駄荷贋(だにがん)老師という古今比類なき斯道の大家がおられるはず。老師の技に比べれば、我々のプレイのごときはほとんど児戯に類する。お前の師と頼むべきは、今は?甘師の外にあるまい」。

 南新宿鮫はすぐに米国に旅立った。その人の前に出ては我々の技のごとき児戯にひとしいと言った師の言葉が、彼の自尊心にこたえた。もしそれが本当だとすれば、天下第一を目指す彼の望も、まだまだ前途程遠いわけである。己が技が児戯に類するかどうか、とにもかくにも早くその人に会って腕を比べたいとあせりつつ、彼はひたすらに道を急ぐ。足裏を破りすねを傷つけ、岩を登り桟道を渡って、1カ月後に彼はようやく目指すアバロンの丘にたどりついた。

 気負い立つ南新宿鮫を迎えたのは、羊のような柔和な目をして眼鏡をかけた、しかし酷くよぼよぼの爺さんである。腰の曲っているせいもあって、白い髭を歩く時も地にひきずっている。

 相手の耳が遠いかも知れぬと、大声で南新宿鮫は来意を告げた。己が技の程を見てもらいたい旨を述べると、あせり立った彼は相手の返事をも待たず、人差し指を使い、3個ユニットのスタックの真ん中のユニットだけを表にして一番上に載せて見せた。

 一通り出来るようじゃな、と老人が穏かな微笑を含んで言う。だが、それは所詮、PGGの本質ではないと。

 ムッとした南新宿鮫を導いて、老隠者は、そこから200歩ばかり離れた絶壁の上まで連れて来る。脚下は文字通りの屏風のごとき壁立千仭、遥か真下に糸のような細さに見える渓流をちょっと覗いただけでたちまち目まいを感ずるほどの高さである。その断崖から半ば宙に乗り出した危石の上につかつかと老人は駈上り、振返って南新宿鮫に言う。どうじゃ。この石の上でPGGをプレイせぬか。今更引っ込みもならぬ。

 南新宿鮫が石を踏むと、石はかすかにグラリと揺らいだ。持参したPGGのアントライドユニットを裏返していると、ちょうど崖の端から小石が一つ転がり落ちた。その行方を目で追うた時、覚えず南新宿鮫は石上に伏した。脚はワナワナと震え、汗は流れてかかとにまで至った。老人が笑いながら手を差し伸べて彼を石から下し、自ら代ってこれに乗ると、PGGのマップを広げ、アントライドユニットを慣れた手つきで裏返し、セットアップを済ませた。ソ連軍をプレイするつもりのようだ。

 まだ動悸がおさまらず、蒼ざめた顔をしてはいたが、南新宿鮫はすぐに気が付いて言った。サイコロはどうなさる?振りつぼは?

 サイコロ?と老人は笑う。サイコロが必要なようではPGGをやったことにはならぬ、と。

 驚く南新宿鮫に老師はまったく表情を変えずこう言った。「すべてお前の好きな目が出たことにしてよい」

 それでもドイツ軍はスモレンスクに触れることすらできず敗北した。

 南新宿鮫は慄然とした。今にして初めてPGG道の深淵を覗き得た心地であった。

 9年の間、南新宿鮫はこの老名人の許に留まった。その間いかなる修業を積んだものやら、それは誰にも判らぬ。

 9年たって日本に帰って来た時、人々は南新宿鮫の顔つきの変ったのに驚いた。以前の負けず嫌いな精悍な面構えはどこかに影をひそめ、何の表情も無い、木偶のごとく愚者のごとき容貌に変っている。久しぶりに旧師の鈴木を訪ねた時、しかし、鈴木はこの顔つきを一見すると感嘆して叫んだ。これでこそ初めて天下の名人だ。我らのごとき、足下にも及ぶものでないと。

 都のゲーマーは、天下一のPGG名人となって戻って来た南新宿鮫を迎えて、やがて眼前に示されるに違いないその妙技への期待を高めた。

 ところが南新宿鮫は一向にその要望に応えようとしない。いや、ウォーゲームさえ絶えて手に取ろうとしない。渡米するときに携えて行ったPGGもどこかへ棄てて来た様子である。そのわけを尋ねた一人に答えて、南新宿鮫はものうげに言った。

 至為(しい)は為す無く、至言は言を去る。PGGの道を極めればプレイすることなしと。

 なるほどと、しごく物分かりのいい都のゲーマーはすぐに合点した。「プレイせざるPGG名人」は彼等の誇りとなった。南新宿鮫がゲームに触れなければ触れないほど、彼の無敵の評判はいよいよ喧伝された。

 様々な噂が人々の口から口へと伝わる。毎夜3時を過ぎるころ、南新宿鮫の家の屋上で何者の立てるとも知れぬサイコロの音がする。名人の内に宿るPGGの神が、名人の眠っている間に体内を脱け出し、夜を徹してソロプレイしているのだという。

 彼の家の近くに住む商人は、ある夜、南新宿鮫の家の上空で、雲に乗った南新宿鮫が珍しくも鈴木と駄荷贋の二人を相手にPGGを対戦しているのを確かに見たと言い出した。その時、3名人の振ったサイコロはそれぞれ夜空に青白い光を放っていたという。

 南新宿鮫の家に忍び入ろうとしたところ、塀に足を掛けた途端にPGGのユニットが殺気とともに森閑とした家の中から飛んできて、まともに額を打ったので、覚えず外に転落したと白状した泥棒もある。以来、邪心を抱く者共は彼の住居の100メートル四方は避けて回り道をし、賢い渡り鳥は上空を通らなくなった。

 雲と立ち込める名声のただ中に、名人南新宿鮫は次第に老いて行く。既に早くPGGを離れた彼の心は、ますます枯淡虚静の域に入っていったようである。木偶のごとき顔は更に表情を失い、語ることもまれとなり、ついには呼吸の有無さえ疑われるに至った。「既に、我と彼との別、是と非との分を知らぬ。眼は耳のごとく、耳は鼻のごとく、鼻は口のごとく思われる」というのが、老名人晩年の述懐である。

 駄荷贋師の下を辞してから40年後、南新宿鮫は静かに、誠に煙のごとく静かに世を去った。その40年の間、彼は絶えてPGGという言葉を口にすることがなかった。口にさえしなかったくらいだから、プレイすることなどあろうはずがない。もちろん、作者としてはここで老名人に掉尾の大活躍をさせて、名人の真に名人たるゆえんを明らかにしたいのは山々ながら、一方、また事実を曲げる訳には行かぬ。実際、老後の彼についてはただ無為に過ごした話ばかりで、次のような妙な話のほか、何も分からないのだから。

 その話というのは、彼の死ぬ1、2年前のことらしい。ある日老いたる南新宿鮫が知人の家に招かれて行ったところ、室内である物を見た。確かに見覚えはあるのだが、どうしてもその名前が思出せぬし、その用途も思い当らない。老人はその家の主人に尋ねた。それは何と呼ぶ物で、また何に用いるのかと。主人は、客が冗談を言っているとのみ思って、ニヤリととぼけた笑い方をした。老南新宿鮫は真剣になって再び尋ねる。それでも相手は曖昧な笑みを浮べて、客の心をはかりかねた様子である。3回目に南新宿鮫が真面目な顔をして同じ問を繰返した時、始めて主人の顔に驚愕の色が現れた。彼は客の眼をじっと見詰める。相手が冗談を言っているのでもなく、気が狂っているのでもなく、また自分が聞き違えをしているのでもないことを確かめると、彼はほとんど恐怖に近い狼狽を示して、どもりながら叫んだ。

 「ああ、名人が、――古今無双のPGG名人が、サイコロを忘れ果てられたとや? ああ、サイコロという名も、その使い途も!」

 その後当分の間、都では、画家は絵筆を隠し、ギタリストは弦を断ち、大工は金槌を手にするのを恥じたということである。

*****

 「あらあ、思ったより手堅い仕上げね」

 やっぱ伝わらなければ意味ないからね。最初は同じ作者の別の作品でやろうとして、実はできそうだったんだけど、あえてこっちにしたんだ。

 「なるほど。それにしても、PGGを題材にすると、毎回鈴木大佐との師弟譚がメーンになっちゃうわね」

 そこなんだよなあ、問題は。何をパクっても同じような話になってしまうんだよ。そこで、次回は最近地味に人気が出ているこの漫画のパクリをやろうかと・・・。

 「ええー!これをやるの!そうかあ。何かできそうな気もするけど」

 でしょ。まあ今シリーズの残り4回をやる方が先なんでね。というわけで、読者の皆様、良いお年をお迎えください。

 「来年も当ブログをよろしくお願いいたします」
posted by 鮫形鐘一郎 at 23:43| (カテゴリなし) | 更新情報をチェックする

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