2007年03月11日

ウォーゲームの面白さが分からない奴は馬鹿だ。

 ブログを開設して1週間ぐらいは毎日更新しようと思っていたんだが、ヤボ用で北海道に行く用事ができたりしてちょっと休んでしまった。

 ついでに、ジンギスカンを食してきた。

「あ。当局の手入れの入った例の店ですね」

 草食動物のくせに詳しいね、ぽたーじゅ君。実はその店に行こうとして、こんでいて別の普通の店に行った。肉は悪くなかったんだけど、タレが激マズでね。ジンギスカンに限らず普通の焼肉でも、肉はそんなに悪くないのに、タレが業務用ボトルからそのまま注いだような店が多い。非常に残念だ。タレさえもうちょっと手をかければ十分満足できるのになあ。

 そば屋でも高級店と言われるところは、やっぱり「つゆ」がしっかりしているよな。こんな量でこんな値段取るのかと腹が立つこともあるが、「つゆ」に隙がない。ちなみに、私が自分でそばをつくったときは、野菜ジュースにだし汁を混ぜたものを「つゆ」にして食している。

「あー。あれは止めた方がいいですよ」

 いいじゃないか。本人がウマイと思っているんだから。他人に勧めたこともないし。

「すいません。そろそろゲームの話を・・・」

 普段の何気ない話の中にこそ真理が隠れているのになあ。ま、今日は本当に雑談か・・・。

「ウォーゲームが世間一般に普及していないのは、なぜでしょうか」

 そりゃ簡単な話だ。大衆受けしないからだ。世の中の多くの人はゲーム好きだ。家庭用ゲーム機なんか発売のたびに徹夜の行列ができたり、当初はべらぼうな価格で取引されているもんな。でも、われわれが普段やっている、いわゆるボードのウォーゲームがそういうメジャーな存在になるとは考えられないね。80年代のブームだって、家庭用ゲーム機が出回りだす直前だったという背景がある。

 ウォーゲームが広くプレイされない理由はいくらでも挙げられるよ。ルールが長くて覚えるのが面倒。プレイに時間がかかりすぎる。戦争がテーマだということに抵抗がある・・・などなど。そんなことはどうでもいい。間違えてはならないのは、「売れていないから質が低い」のではないということだ。

 例えば、テレビ番組の質で言えば、民放よりNHKの方が数多くいいものをつくっているよな。しかし視聴率はだいたい民放の方が上だ。大衆向けの低俗番組ばかりつくっている方が視聴率は多く取れる。それが「売れ線」なんだから、民放各社がそうするのはある意味当然だ。もちろん、民放にも質が高い番組はあるよ。ドキュメンタリーものとか。そういうのは深夜にやっていることが多いけど・・・。

 「視聴率が高いから質が高い」わけでないのは自明の理だね。質の高さと世間での普及の度合いは連動しない。むしろ「本当にいいものは世の中には数少ない」が真実なんではないかね。

 歌舞伎とか能とかの古典芸能は、愛好家の数こそ少ないが、長い歴史を経て良質なものだけが残っている。クラシック音楽やオペラなんかもそうだろう。この手の芸能のいいところというか幸運なところというかは、内容をよく理解されていなくても、何となく高級な趣味として世間的に認知されていることだな。まあ、であるがゆえに、分からないのに分かった風を気取っている愛好家が多い気もするがね。

 残念ながら、ウォーゲームはそういう点で世間的な認知度が低い。しかし、逆に言えば、現在ウォーゲームをやっている人は、「流行っているから」「みんながやっているから」「格好いい趣味に見えるから」という気持ちで続けている人はいない。流行っていないけど、ほとんど誰もやっていないけど、面白いからやっているという人しか残っていない(はずだ)。そういう意味ではゲーマーは「本物」の人が多い世界だと思うよ。「変わり者」も多いけど。

 断言しよう。ウォーゲームの面白さが分からない人は、やっぱり馬鹿なんだよ。別の言い方をすれば、ウォーゲームの面白さが分からない人は不幸な人生を送っている。そして、このことが分からない人の視点に立てば、ウォーゲーマーがひどく下らないことで時間を浪費しているように見えるだろうし、不幸な人生を送っているように見えるだろう。やむをえない。ウォーゲーマーは世間に認知されないことを恐れてはならない。

「どっかのカルト宗教団体の物の言いにも聞こえますが・・・」

 決定的に違うことがあるよ。ウォーゲームの楽しさを理解できない人は不幸だ。しかし、世の中には他にいくらでも幸せな人生、楽しい人生を送る手段がある。普通はウォーゲーム以外を選ぶ人の方が多くて当然だ。この当たり前の事実をゲーマーは分かっている。少なくとも私の知っていゲーマーたちはね。カルト集団の連中は、他に幸せを得る選択肢はない、自分たちこそが最高だと思っている。これが最大の違いだ。

「ほとんどビョーキの人だけが残っているようにも見えますが・・・」

 韜晦気味に言えばそうだ。それでも結構。不治の病を抱えた連中ばかりなら、私はホスピスのボランティアとして最後まで看取ってあげよう。私が先に倒れるかもしれないがね。

 もちろん、ウォーゲームの中にも下らないものはいっぱいある。みなさんご存知のようにな。できるだけ良質なゲームを、良き好敵手と数多くプレイできる機会があることを祈っている。私にも、世のウォーゲーマー諸兄にも。
posted by 鮫形鐘一郎 at 04:06| (カテゴリなし) | 更新情報をチェックする
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